加藤閑句集『四季』

発行日 : 2026年5月4日
発行所:書肆魚住陽子の店
著者は「門」同人。

十五句抄出

光りとは朝鮮から来る蝶のこと
かなしみをたたんでも浮く春の水
ひとさじの毒もて干潟を春にせむ
天球に蝶の骨格あらはにす
春光や鳥のかたちをきみに投ぐ
抱擁を解かれし後の海真青
夏銀河復讐を水晶のごとく抱き
餓死の鳥食ひてなほ餓死する人の晩夏
この星に残され一人林檎剝く
鶏頭を滅ぶ王家の隠喩とす
月光でしか読めぬ別れの言葉かな
鯨の死太陽はいつも遅刻する
骨あらば舟に組むべし霜の夜
凍土にも屍受け取るちからあり
一月の鷹透明な谷を飛ぶ

句集評

 加藤閑の句集『四季』は、題名だけを見れば、春夏秋冬の移ろいを詠んだ端正な季節詠の集成のように思われる。しかし実際に読み進めると、そこに現れる四季は、穏やかな自然の循環ではない。春は生成の明るさだけではなく毒や骨を含み、夏は生命の昂揚と同時に破壊や飢餓を孕む。秋は実りよりも孤独と記憶を深め、冬は眠りではなく死の形式そのものを露わにする。『四季』という題は、自然の秩序を示すものというより、異界の夢を配列するための枠組みとして機能している。そしてそれは、読む句集であると同時に、解釈されるべき夢でもある。読者はその夢の中に入り、蝶や鯨や骨や月光の意味をたどりながら、夢を見ることと夢を解釈することを同時に行う。句集『四季』とは、自然の四季ではなく、異界の四季である。あるいは、夢が春夏秋冬のかたちを借りて、この世と他界の境界を語った句集なのかもしれない。

一句鑑賞

転調を許さぬ吹雪死と乙女

 加藤閑句集『四季』の掉尾に置かれたこの一句は、句集全体を死の調べのうちに閉じる一句である。シューベルトの「死と乙女」を踏まえながら、ここでは音楽的な展開を意味する「転調」が、吹雪によって拒まれている。転調とは本来、感情や場面が別の相へ移る契機だが、この吹雪はその移行を許さない。すなわち、救済へも、春へも、明るい旋律へも進ませないのである。「死」と「乙女」は物語として動き出すのではなく、白い吹雪の中に凍結された構図として現れる。春から冬へと進んできた『四季』は、自然の循環ではなく、夢が死へ向かって硬化していく過程であった。その終点において、世界はついに転調不能となる。美と若さを帯びた「乙女」は、死と並び、吹雪の白の中に固定される。掉尾にふさわしい、冷たくも荘厳な終止である。

記:川森基次

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