金子敦第七句集『ポケットの底』

発行日:2025年5月27日
出版社:ふらんす堂
著者は「出航」同人。俳人協会会員。

句集評

 日常の瞬間を透徹した眼差しで切り取る手腕。どの句も季語の斡旋や比喩は過剰に昂らず、触覚と時間感覚で異界への扉をそっと開ける。軽やかでありながらその余韻は深い。均衡と不均衡、静と動、季節の密度の出入りを、生活語のままに詩へ反転させる工夫が行き渡り、捕虫網やピザ、ポケットの底といった些末な事物が、ムーミン谷や遠い海、一角獣や狐火と交わり、まるで童話の登場人物のように息づく。そこには「平凡」と「異界」との境界がゆるやかに開かれ、生活の片隅に潜む詩的な裂け目が示される。それは大人のための童話のような温かさと不可思議を併せ持つ。読み進めるうちに、我々の身近な日常が詩的な魔法に満ちていることを思い出させてくれるのである。確かに「心を癒す」力を持つ、珠玉の句集である。

十五句抄出

捕虫網かかげムーミン谷へ入る
野分あと手紙をひらくやうに空
着脹れてポケットの底遠くなる
水平になれぬシーソー鳥雲に
赤とんぼの翅に透けたる遠き海
蜘蛛の囲に抜け道のごと小さき穴
ピザを切るただいまトマト通過中
発車ベル鳴る間も紅葉濃くなりぬ
胸中の鮫しづかなる霜夜かな
紫陽花やピエロ自ら描く涙
狐火や夜がしづかに割れていく
蒼白き一角獣や夜の梅
小箱てふ異界へ戻る雛かな
吾が影の中へぽつんと木の実落つ
待春や赤き鯛抱く招き猫

記:川森基次

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