
発行日:2025年8月17日
出版社:文學の森
著者は「遊牧」同人
句集評
狂女ともなれず紅葉の降りしきる
「狂女」とは、悲恋や絶望によって狂気に至った女性の象徴。古典~中世の文学などでもしばしば登場します。しかしこの句の語り手は「狂女ともなれず」と言う事で、つまり、悲しみを突き抜けて狂うことすらできない——理性が残ってしまう、という逆説的な絶望感を告げているのです。「紅葉」は晩秋の季語であり、視覚的華麗さと同時に「衰滅」「転生」「哀惜」を含意します。つまりこの句は、「狂うこともできぬまま、美しく滅びの中に立ち尽くす魂」を象徴しているのです。
紅葉が降りしきるのは、自然が最も美しく、同時に滅びへと向かう季節。作者は、理性が押しとどめる心の限界とそれをなじるかのような自然の美のはかなさを重ね合わせているのです。<きょうじょ とも なれず もみじの ふりしきる>と読めば、母音「o」「i」「u」が交錯し、静かな波動と終末の調べがさらに響く一句です。
十五句抄出
いまを噴く桜かすかに烟りゐて
ユトリロの丘登りゆく春の夢
燃やしたき手紙のしめり走り梅雨
青葉冷え音消してくる救急車
誓ひなどでせぬがよろしと大夕立
遥かなる海よりの使者白き蝶
土偶らは足を踏んばり青嵐
サルトルもカミュも遠し花カンナ
第三の男の気配落葉径
夕べには瞼を閉ぢて酔芙蓉
萩うねる紫式部潜むかに
赤いポストの人待ち顔に冬銀河
石鹸玉飛んで遊びに巴里まで
養老の闇を焦がして螢狩
秋深しエッフェル塔の立ち上がる
