
発行:2023年12月11日
東京四季出版
著者は「蛮」編集長
句集評
『呼鈴のあと』は、日常の小さな場面から永遠性や普遍性を掬い上げる句集である。言葉は平明で、語彙は身近なものが多い。しかしその平易さの中に、不意に「永遠」「呪文」「無垢の闇」といった大きな言葉を置き、日常の裂け目から深い世界を覗かせる。シンプルながら含蓄に富む文体の中に、自転車や補助輪、卵かけご飯といった家庭的・身近な光景と、桜や蛍、鳥渡るといった自然や季節の象徴が交錯することで、読者は「生活の中にひそむ無限」を感受することになる。また、都市の風景のなかで自然をとらえる眼差しは、生の実感に即しており、現代人の生活風景を独自の眼差しで切り取り、甘美さだけでなく、不安や孤独、死の影を潜ませている。全体を貫くのは、「一瞬が永遠に通じる」という感覚であり、呼鈴の一打の後に広がる沈黙や、ソーダ水の泡に宿る未来のきらめきは、まさにその象徴だといえる。現在・過去・未来を自由に往還しながら、時間の厚みを織り上げ現代人の孤独と希望を清新な俳句の言葉で照射した作品世界を佐藤久はこの句集に構築した。
十五句抄出
自転車のお守り袋風光る
過ぎし事言ふ者もなし初桜
養花天ビルの狭間に鳩眠る
呼鈴のあとの永遠夏木立
白き蛾の宿直室を覗き込む
山桜の息づいてゐる無垢の闇
母にだけ内緒の話桃を剝く
補助輪を外して帰る麦の秋
牛蛙話せば分かるといふ呪文
鶏卵を運ぶトラック夏はじめ
父の忌の回転ドアを来る蛍
鳥渡るひとりで卵かけご飯
ソーダ水すべてが未来だった頃
木犀の香や地下道に眠る人
缶蹴りの缶の行方や木の芽晴
記:川森基次